第10章:1984(昭和59)年(第1部)

高校受験で暫く撮り鉄を休んでいましたが、その間に59-2改正があり貨物のコンテナ化を柱とする直行列車化の動きがあり、貨物列車については大幅な変化がありました。
それ以外では普通列車の増発などがあり、東北線黒磯以北では一部の客車列車が電車化され、上野口普電では常磐線の一部列車が453系から415系に置き換えられました。

また常磐線では415系列の新塗装化が推進されほぼ半数が白電になっていました。1年後に開催されるつくば万博に間に合わせるため塗り替えのペースが異常に早いです。



まずは東北線黒磯以北の普通列車です。

59-2改正で急行の削減があり、その余剰車を転用して一部の普通列車が455系化されました。
こちらも6連の455系普電ですが、サロが連結されています。
勿論グリーン車は自由解放です。

59-2改正では455系急行ばんだいが廃止され、全列車(上野基準)を対象に9連に減車されたため今まで見られた12連はなくなってしまいました。

一方、普電に使用される編成を対象にサロを外してクハ455を連結したためにクハ455が不足し、57-11改正で新潟地区で余剰となっていたサハ165を改造したクハ455-500番台が新たに誕生しました。

画像の最後部に見えるクハ455は今回初登場のクハ455-500番台です。
座席は一部がロングシートになっていますが、画像のように急行運用にも使用されます。
ED75 700が牽引する貨物ですが、このパターンは55-10改正〜61-11改正までの僅かな期間しか見られなかった組み合わせです。
700番台はED75の中でも新しいグループで全車がJRに承継されましたが、黒磯に於ける冒進対策が未装備だったためED75としては比較的早く廃車が進みました。
画像はED75牽引の団臨で特急待避のため珍しく黒磯4番線に停車中です。
現在では4番線は黒磯以北の普電専用ホームとなった感がありますが、当時は普通列車の本数が現在よりも少なかった為にこのような措置が採られました。
ここからは上野での常磐線普電です。
色替もかなり進行し、ほとんどの普電が混色となっています。

通常の検査入場の他に臨時入場まで行なって色替をしていたようで、進捗が異常に早かったです。
18番線に停車中の普電でこちらも混色です。

59-2改正では輸送力増強のため415系500番台が追加で新製され、今回の増備車からは新塗装で登場しました。
左側の白電は今回新製されたK75ですが、61-3改正で415系1500番台に置き換えられ九州に転属しています。
1982年第4部の最後で紹介したクハ411-502ですが、既に白電になっていました。

上野駅11番線からの撮影ですが、この辺りは今でもあまり変わっていません。
4月の撮影ですが、首都圏は雪に見舞われており寒い1日でした。
とにかくローピンを撮影しなければ、ということで・・・
画像は18番線でのK70です。

新幹線工事もみるみる進んで画像のように人工基盤が姿を見せ始めました。
特急ひたちと並ぶ、401系低運車(K10)です。
こちらも新塗装になっており、当時最後まで残った5両のうちの1両です。

ひたちのヘッドマークはまだ文字だけのものでしたが、60-3改正で絵入りのものに変更されました。
高運車と低運車の連結部分です。

左の415系はやはり59-2改正対応で増備されたK80で、401系はだいぶ老朽化が進んでいるのがわかります。

401系は1985年のつくば万博輸送終了まで延命使用され、翌年の61-3改正までに大半が廃車されました。
上野発のミステリー列車が運転され、EF80重連で運転されました。なぜかゆうづるのマークが付いてます。

復路はEF58重連で戻ってきましたが、先頭に立ったはこのイベントで人気急上昇となった89号機でした。

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