1973(昭和48)年に府中本町−新松戸間が開業した武蔵野線は当初は山手貨物線を補完する外環状貨物線として計画され、後に旅客線に計画が変更された経緯のある路線です。このように当初は貨物線として計画された関係で沿線市町村の市街地中心部を避けるような形で用地取得が進められた関係で、西国分寺・南浦和・新松戸・西船橋など他の国鉄/JR線乗換駅は各駅停車・緩行線しか停車しない駅が多く、乗換えに不便である事が特徴となっています。
 1976(昭和51)年3月に府中本町〜鶴見間が延長開業していますが貨物線として開業し定期旅客列車は運行しておらず全列車が南浦和方面からの府中本町折り返しとなっており、便宜上『武蔵野南線』として呼称されています。更に1978(昭和53)年4月に新松戸−西船橋間が旅客営業線として延長開業しています。

 61-3改正で西船橋で武蔵野線に横付けする形で京葉線が暫定開業しますが、この時点では同駅で接続するだけで直通運転は行なっていませんでした。民営化後の1988(昭和63)年に京葉線新木場延長開業に伴ない直通運転が始まり、1990(平成2)年3月改正における京葉線東京開業に合わせて武蔵野線列車の東京直通が開始されて現在に至っています。

 運転本数も55-10改正時点では日中は概ね40〜60分間隔で、次の列車を待っている間に貨物列車が同一方向に何本も通過するなど旅客列車よりも貨物の方が圧倒的に本数が多かったのが最大の特徴でした。それまで閑散としていた沿線地域も徐々に宅地開発が進展し利用者が増加傾向にあったこともあり60-3改正でほぼ15分間隔に増発され、同改正で新三郷駅が新規開業するなど新三郷を皮切りに新駅設置の動きも見られるようになりました。

 車両は1973年の開業当時は中央快速線101系を改造した101系1000番台66両でスタートしましたが55-10改正で103系6両1本が武蔵野線用として初めて新製投入され同線初の冷房車が登場しています。さらに60-3改正より101系の老朽取替が始まり、他線区における203・205系の投入により余剰となった103系が大量に転入する形で101系の淘汰が始まりました。この頃は山手線への205系投入に伴なう捻出車や京浜東北線・常磐快速線からの転入車が含まれ混色編成が大量に出現しています。
 国鉄最後の改正である61-11改正で101系は全て置き換えられ103系へ統一されています。

 民営化後の1991(平成3)年には同線初の205系が新製配置され、同時に一部列車の8連化が始まりました。1996(平成8)年には京浜東北線209系の投入により捻出された103系が転入し全列車の8連化が完了しています。さらに2002(平成14)年からは205系5000番台の転入が始まり103系の置換えがスタートし2005年12月改正で103系が撤退しています。


 さて模型の方はかつての6両編成時代をプロトタイプとしており、国鉄仕様と車両更新車が主体のJR仕様の組み合わせとなっています。国鉄仕様の編成は当時多数派だった非冷房車の編成です。
 種車は全てKATOの103系(冷房車)で、改造は1990(平成2)〜2019(平成31/令和元)年です。



 第1部:国鉄仕様車

 武蔵野線101系の103系置換えが本格化し始めた1985〜1986年の頃をプロトタイプとしており、ATSのBS併設標記・JRマーク無し・JR統一無線未設置・オール白Hゴムの生粋の国鉄仕様です。




 クモハ103-152

 南浦和基準で西船橋側を向いているMc車です。

 車体ですがGM製のHigh Quality Economy Series(旧・EVOシリーズ)の車体キットを使用しています。
 このGM製品は冷房改造車仕様ですが、非冷房車にするため未塗装の製品を購入し車体を中心に改造を行なっています。車体キットはヘッドライトのシールドビーム化および非冷房化改造を行なった部分以外は特に手を加えておらずほぼストレートに組み上げました。

 床板はKATO製のモハ103とクハ103(何れもATC仕様の冷房車用)を切継いでクモハ用に改造しており、クハ103用の座席が取付けられるように接合しています。ヘッドライトユニットはメーカの指定通りGM製のライトユニットS(103系用)を取付けていますが、製品のままストレートに取付けようとすると車体およびライトユニットの各寸法がタイト過ぎるようでかなり嵌め合いがキツイです(取付ければ外観的に全く問題はないですが)。そのためライト本体を若干カッターで削って比較的楽に組み込めるよう加工しています。
 床板はGMライトが取付けられるよう一部改修する必要が出てきますが、このための切継ぎ・削る等の工程はありません。

 屋根はランボードを全て削り取り、数回に亘り仕上げを行なっています。また、実車が元常磐線用ということもあり常磐無線アンテナを撤去した部分にフタをした状態を再現しています(2箇所)。KATO製415系(旧製品)用の常磐無線アンテナを加工し蓋部分のみ切り出して屋根の塗装後に接着しています。
 ライトを組み込んでいるためか屋根が若干浮き気味になりますが、屋根の裏側に両面テープを貼ってなんとかクリアしています。接着しようかと思っていたのですが、メンテナンスの便宜を考慮し接着剤による固定は見送りました。

 ATS標記は『BS』としています。





 モハ102-320

 クモハ103-152とユニットを組むM'車です。

 こちらも↑のクモハと同様、GM製の車体を使用しているので改造工程は同一です。床板一式はKATO製モハ102用を何も考えずにそのまま流用しています。非冷房車なので160kVAMGは無いのが正解ですが、とりあえず製品のままにしています。
 以上の2両は特別保全工事車仕様で室内を201系登場時に準じた暖色系のカラースキームで塗装しています。





 サハ103-245

 3号車に組み込まれるT車です。

 これもGM製車体を使用しています。
 実車は国鉄時代に特別保全工事を受けていない非更新車仕様で室内は標準の寒色系統でまとめています。





 モハ103-290

 動力車となっています。

 模型は1972年増備の第1次改良車グループがプロトタイプで、車体はKATOの冷房車用を使用します。ユニット窓に非冷房の組み合わせです。
 改造は車体側面の行先幕の廃止および屋根にある冷房装置撤去の2点です。屋根はAU75のモールドを全て撤去しますが、その結果屋根に大きな孔が出来ます。穴埋めとして他の103系屋根から切り出したものを切り継いでおり、グロベン台座の中心位置を基準に切継いでいます。





 モハ102-447

 ↑のモハ103-290と同様で行先幕の廃止と屋根の冷房撤去を行なっています。

 床板はやはりモハ102冷房車の流用で済ませています。このMM'の2両も特別保全工事車仕様です。





 クハ103-635

 南浦和基準で府中本町側のTc'車です。

 ↑のクモハ103と改造内容は概ね共通です。床板はクハ103ATC車用をそのまま流用していますが、GM製ライトユニットを取り付けたので若干の改修を行なっています。
 室内の配色は非更新車仕様で纏めており、ATS標記は『BS』としています。

 余談ですが、EVOキット改造車全車共通でグロベンは取付けても後から取れやすいように感じたので、ほんの僅かの接着剤で仮固定しています(あまり接着剤を付け過ぎると今度はイザというときに外せなくなります)。




 第2部:仕様車

 こちらは↑の非冷房車とは異なりKATO製非冷房103系の車体を使用した改造車です。車体とヘッドライト一式は全くの別仕様で部品の互換性はありませんが、床下関係は同じものを使用しています。

 ATSのSNP標記・JRマーク付き・JR統一無線付き・一部側扉の金属押さえ化・一部Hゴムの黒H化などの手を加えたバリバリのJR仕様です。 1992(平成4)年頃のスタイルをプロトタイプに設定しています。




 クモハ103-121

 西船橋寄りのMc車です。
 1988年の京葉線新木場開業でJR東日本としては初めてATS-Pが使用開始され、同線に乗入れる事となった武蔵野線用103系にもATS-P搭載改造が1987(昭和62)年秋以降より始まりました。ATS-P改造は初期形と装置の仕様が変更された後期形の2つがあり、武蔵野線用103系は初期形に該当します。その初期形改造車の最大の特徴であるクモハの運行幕を閉鎖したタイプを模型化しており運行幕Hゴムのモールドを撤去しパテで丁寧に仕上げます。
 行先幕は前面ガラス内に移設します。改造当時 (1990年) はかつて発売されていたKATOの103系用グレードアップシールをアレンジして貼っただけで済ませていましたが、2011年に行先幕の白LED化改造を行なった際に併施で白LEDを使用した電照式に変更するかなり激しい改造を行なっており、↓にて詳細を述べております。

 車体は低運クハ103用を使用しており、側面にグリルを追加しパンタ側妻面に母線配管を追加します。

 実車は特別保全工事車です。非更新車であるにもかかわらず側扉は金属押さえ方式になっていますので、側扉のHゴムモールドに銀色を入れ、室内は暖色系で纏めています。常磐快速線からの転入車ではないので常磐線アンテナ関係の部品は取り付けていません。





 モハ102-260

 クモハ103-121とユニットを組むM'車です。Hゴムは白H仕様とし、ドア窓の縁は実車の車両更新車で採用されている金属押さえ方式を表現するため銀色を塗ります。
 実車ではこの組み合わせは少数派なのでこのタイプの車両を組み込むと模型でも編成に変化が出ると思います。↑のクモハ103-121の項でも述べましたが、実車は特保車であるにもかかわらず鋼製扉となっています。模型でも内装の表現は実車に合わせています。





 サハ103-187


 インバータ冷房車(MG=AU712)で車両更新車仕様です。AU712はGM製のインバータクーラーセット(8024)のもので、銀色に塗装して取付けています。

 黒Hゴム・金属押さえ式ドア窓のオーソドックスなタイプです。屋根は弊サイトで散々紹介している(笑)塗り屋根仕様です。
 塗屋根化に伴ない妻板上部のキャンバス押さえは削り取ります。





 モハ103-291

 1972年増備の第1次改良車グループで冷房化および車両更新車仕様となっています。
 模型はモハ103冷房車を種車に妻板部分のキャンバス押さえの撤去および屋根の塗屋根化、冷房装置のAU75Gへの換装を行っています。
 側扉上部に『弱冷房車』のステッカーを追加しています。
 





 モハ102-446

 モハ103-291とユニットを組むM'車です。改造工程は↑のモハ103-291とほぼ同一です。

 ↑の非冷房車のユニットの車番はM290+M'447の組み合わせですが、こちらはM291+M'446でMM'間の番号の組み合わせが逆となっています。実車の103系電動車ユニットのうち新製時より車番が逆順となっているのはクモハ103を含め全部で7ユニット14両があり、何とも不思議な存在です。





 クハ103-600

 府中本町寄りのTc'車です。
 車体はクハ103非冷房車のものを使用しています。屋根はクハ103非ATC車からの流用ですが、ヘッドライトからの光漏れを防ぐ理由で車体と屋根を接着しています(↑のクモハ103-121も同様)。屋根の接着ですが改造当時(1990年)では行なっておらず、ライト類の白LED化(2011年)に併施の形で行なっています。

 実車は京浜東北線時代にAU75Gでの冷改を受けており、模型でも再現しています。
 ↑のクモハ103-121と同様、ヘッド/テールライトは点灯式です。前述の通り白LED化を行なってはいるのですが、実際に白LED化したのは行先幕/運行幕の部分だけで、ヘッド/テールライトは電球のままです。
 元の製品の基板にLED用の足を追加する形で、3mmの白LED2個(行先幕/運行幕部分に1個ずつ)・LED用の抵抗および先頭/後尾共に点灯させるためのブリッジダイオードを実装します。↓に詳細を述べています。
 
 ATS標記は『BS』としています。

 KATO製非冷房103系を種車としているR窓タイプのMcM'TTc'4両共通の工程として、側面サボの新設およびR窓部分の縦ピラーを除く全てのモールドを削り、103系ATC車の窓を組込む大規模な改造を行なっています。窓ガラスは部分的に切り離すことはしておらず、1枚板状態で嵌めこんでいます。ただし、側面サボの部分のみ事前に一旦ニッパーで切り離してしまい、窓ガラス取付前に別工程で車体に接着します。
 R窓部分のモールド撤去ですが縦ピラーを破損しないよう注意が必要である他、確実にモールド除去を行なわないと窓ガラスが嵌まらないという不具合が発生します。




 武蔵野線103系にも改造車があります・・・


 1.国鉄仕様の非冷房車

 1985(昭和60)年から101系1000番台置換用として103系の転入が開始されましたが、この103系の大部分は常磐快速線から転入した車両です。
 常磐緩行線に203系を投入し捻出した103系1000番台を常磐快速線に転用して余剰となった103系が武蔵野線にやってきました。ということは先頭のクハ・クモハは常磐線無線アンテナが付いている車両です。
 武蔵野線では当然ながら常磐線用無線は使用していないので撤去するわけですが、この撤去跡を再現するのがポイントになります。






 2.クハ・クモハの行先幕/運行幕の白LED化

 KATO製103系非冷房車(最近ではKOKUDENシリーズとして展開している)は1966(昭和41)年の発売以来車体関係のマイナーチェンジはほとんど行なっていないと言っても過言ではなく、ライト類の取付が当たり前となった現在においてもライト類の取り付けが一切不可能である稀少な製品といえます。
 そこでこの改造を思いつくのですが、改造には難関が立ちはだかります・・・

 最大の問題は先頭車のヘッドライト部分です。ここは構造上孔明けをするとまともに強度低下を引き起こす部分で、ちょっとでも無理な応力がかかるとすぐに割れてしまうので孔明けには慎重な作業が必要になります。実車がシールドビーム車なのでGM製95-3 103系改造パーツの中に入っているクハ103前面パーツを使用してシールドビーム仕様に改造します。
 前面パーツのヘッドライト部分のライトレンズを入れようとする部分に孔明けを行なってからライト部分のみ丸く切り出してヘッドライト部分に接合します(逆の順序で切り出そうとするとかなりの高確率で失敗すること請合・・・)。前述のようにヘッドライト部分に大きな孔を明けるので強度不足になりますが、シールドビーム化することで強度不足を補う事にもなるのでこの手の改造車はほとんどがシールドビーム車仕様になっています。

 次に運行幕および行先幕部分をくりぬきますが、こちらはφ0.5程度のピンバイスで何箇所か孔明けを行ない、孔同士を切り開く形で徐々にくり抜きます。元のHゴムのモールドをガイドにしてキレイに仕上げます。

 さてメインのライトユニット改造です。一見電気的に難しそうに見えますが製品のユニット基板自体は弄っておらず、自作したLED用基板の追加が中心となります。

 ライトユニットの端子に接続する形でLED用の端子(LEDを短く切って余った導線が使いやすい)を半田付けして延長します。その延長した端子にブリッジダイオードと270Ω抵抗を実装した基板を半田付けするだけです。白LEDは2個直列つなぎなので抵抗は270Ωとしましたが270Ωだとちょっと必要以上に明るいかもしれないので、気になる場合はもう少し抵抗値の大きい物を使用するといいかと思います。抵抗のワット数はなるべく大きいものが理想ですが、取付けスペースや発熱の問題が出てきます。

 配線には十分注意が必要です。LEDの足が裸で剥き出しになっているのでショートの原因になりやすく、場合によっては何らかの方法で絶縁対策が必要になる場合も出てくると思います。

     

 車体も白LED化に合わせて若干の改造を行なっており、運行幕・ヘッドライト・行き先幕の間の光漏れ対策としてそれぞれの間に適当な寸法に切り出した遮光用の仕切りを接着します。
 詳細は↓に述べております。





 3.クモハ103-121の前面を徹底的に作る


その1.基本改造

 民営化後における武蔵野線の103系での外観的な特徴の1つにクモハの前面があります。

 武蔵野線103系にATS-Pが導入されたのは1988年の京葉線新木場開業の時で、同線に乗り入れる武蔵野線用の103系も取付対象となりましたがクモハ103にはATS-P搭載スペースがなく、苦肉の策で運行番号表示窓を潰してここにATS-Pを搭載し運行表示器は前面ガラス内に移設されました。


 加工方法は以下の通りです。

  1.まずは運行表示器のHゴムモールドを削って適当なプラで埋めてしまい、瞬着をパテ代用にして大まかに仕上げる
  2.プラパテを塗った後に紙やすりで出来る限り平らにする
  3.今度は溶剤で薄めたプラパテ(あまり薄めすぎない方が良い)を面相筆で塗って乾燥後紙やすりで平らに仕上げる

 切り継ぎや窓を埋める加工を行った場合、本塗装前にグレーで一旦下地塗装した方が仕上がり具合が一目で確認できますし、もし不十分であればここで修正も可能です。
 加工の規模は小さいですが、場所が場所だけに中途半端な仕上げ方だと塗装後に凹凸が目立つこと請け合いです。

 なお、クモハ103-139を仕立てる場合は上記の加工は不要です。時期により形態に違いがあり、改造当初は運行表示窓を潰さずにオレンジ色に塗りつぶしていましたが、後に黒Hゴム化と共に運行表示のガラスが復活しています。
 参考までに、常磐快速線のクモハにもATS-Pが搭載されていますがこちらは装置の仕様が変更になり運行表示窓はそのままです。

 その他前面の加工として、ヘッド/テールライトを点灯式にするための穴あけやヘッドライトのシールドビーム化があります。
 シールドビームは銀河モデルの2灯式シールドビーム (N-056) またはGM製の103系前面パーツセットから切り出して調達しています。

 右の画像ですが、運行幕は改造当初はステッカーを使用して表現していました。


その2.前面ガラス内に移設された運行幕を点灯式に改造する

 そこまでやるか・・・?というレベルになりますが(笑)

 実車の移設された運行幕は蛍光灯を組み込んで内側から照明しています。
 コレを何とかNゲージで出来ないか・・・と考えて作ってみました。特別難しいわけではなく京浜東北線103系のページで紹介しているヘッドライトの改造工程に1工程プラスするだけです。


 詳細は以下の通りです。



 元通り組み立てて点灯させるとこのようになります →



運行幕部分の照明は明るさを少し抑え気味にしています。



〜最後に〜

 武蔵野線の103系はインバータ冷改車が多いのと、前述のようにクモハの前面に特徴がある程度で基本的に大規模な車体の加工はありません。最近ではGMから103系キットがリリースされたので比較的容易に非冷房の6連が作れます。


 1984(昭和59)年に中央総武緩行線から冷房試作車クハ2両を含む6両編成1本の借入から始まった武蔵野線101系の103系化ですが、60-3改正で本格的に各線からの転入が始まりました。
 当時は『首都圏通勤型のゴミ捨て場』と言われ、転入してからもほとんど色替も行われずそのまま組成され、混色編成が大量に発生しました。国鉄当時からあまり新車に恵まれない同線ですが、民営化された現在でもその状況はあまり変わっていないような気もします。


 <参考文献>

  鉄道ピクトリアル  93-6  JR583系電車の現状
                    (首都圏103系ミョーなものまつり)  電気車研究会  1993
  鉄道ファン      93-4  103系通勤形電車T  交友社  1993
  鉄道ファン      93-5  103系通勤形電車U  交友社  1993


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