系(京浜東北・根岸線、仙石線)



 京浜東北線の103系投入は1965(昭和40)年から始まり、当初は6M2Tの8両編成でクモハ103が2両も入る特異な車種構成でした。1970(昭和45)年に京浜東北線の新性能化促進のため中央快速線から101系50両が転入し、1972(昭和47)年に101系・103系による新性能化が完了しています。1974(昭和49)年からは冷房車が投入されクハ103はATC仕様車に変更されました。
 103系の投入はその後も続き、1978(昭和53)年に同線から101系が撤退し103系は1980(昭和55)年にATCクハが充足されモハ102が2000番台に突入した段階で増備が終了しました。以後は民営化後の1989(平成元)年に205系が投入されるまでは103系が席巻する時代が続く事になり、京浜東北103系の歴史は同線向けに新製配置されたクモハ103+モハ102の133ユニット266両をめぐって推移していくことになります。

 首都圏では山手線・京浜東北線・赤羽線 (現・埼京線赤羽−池袋間) を対象にATC化される事となり前述の通り1974年増備車からはクハ103についてはATC仕様に設計変更され、同時に冷房化促進のため中間車も新製冷房車に順次置き換えられていきました。103系の投入は山手線・赤羽線・京浜東北線および根岸線用ATCクハが充足される1980(昭和55)年まで続きます。
 1981(昭和56)年2〜3月にかけてATCクハを先頭に出し、非ATCクハ・クモハを中間に閉じ込めるための編成組み換えが実施され下十条・蒲田車を対象に6+4両の編成となりました。61-3改正で京浜東北線の103系は浦和区1箇所に集約されて翌年に民営化を迎え、その後205・209系の登場、という方向に進んでいきます。

 205系は1989〜1990年に6本が投入されましたが後が続かず、1992(平成4)年に次世代の標準形となる901系 (後に209系900・910・920番台に改造) が登場し、翌1993(平成5)年にはその量産型となる209系が登場し103系の形式廃車が本格的に始まり1998(平成10)年3月に京浜東北線から103系が引退しました。平行して209系による205系の置換えも行なわれ、93年3月改正で3本が中央総武緩行線および横浜線へ、96年3月改正で残りの3本が埼京線恵比寿延長開業用として川越区に転出し撤退しました。

 一方、仙石線の103系はそれまで活躍していたモハ72系 (非更新車) の置換え用として1979(昭和54)年に蒲田・東神奈川・豊田区から若番車を中心に48両が転入したのが始まりです。転入にあたっては配置先となる陸前原ノ町電車区への回送途中で一旦郡山工場に立ち寄り耐寒・耐雪化および側扉の半自動化改造が行なわれて投入されました。当時はタブレット閉塞方式だったのでタブレット交換時における破損対策で乗務員扉の隣りの戸袋窓は閉鎖されています。1983(昭和58)年10月2日の仙石線CTC化に伴なう同線単独のダイヤ改正で快速運用に72系が充当出来なくなったこともあり今度はモハ72系アコモ改造車置換え用として16両が追加で転入しますが、こちらは前述のCTC化後の投入なので戸袋窓の閉鎖は免れています。


 さて模型ですが、全車KATO製で実車通り初期製品である非冷房車とATCタイプの冷房車を混結させています。
 既製品のまま混結させると両タイプでディテールの違いがモロに出てしまい違和感を感じるので、非冷房車のディテールを冷房車に合わせる形で改造しています。常磐快速線のページで紹介した103系と同じ手法です。

 私の所有する京浜東北線103系はかつては国鉄仕様・JR仕様の両方がありましたが、後にJR仕様車は全車が改装され現在では国鉄仕様に統一されています。改造は1986(昭和61)年〜2011(平成23)年です。 仙石線用103系は車体色が京浜東北線と同じブルーなので本ページでまとめて紹介します。

 画像はクモハ103が先頭に立つ非ATC時代の京浜東北線

 1973(昭和48)年から新製冷房車が大量に増備されたため、それまでの非冷房車や低運クハ103は順次京浜東北線を追われ主に常磐快速線・中央快速線・青梅線・五日市線に転出した他、関西や中京地区に転出した車両も多数発生した

 1966(昭和41)年の10連化以降は7+3両の分割編成が多数派であった  その後は蒲田車を中心に基本7両側に新製冷房車を多く投入した関係で冷房7両+非冷房3両のスタイルが多数派となり、1981年のATC化による編成替えまで続いた  一方、浦和車は優先的にATCクハに置き換えられ1977年頃までに10連貫通編成化が促進された関係で同線の103系編成パターンは2種類が存在する

 京浜東北線の列車番号は現在とは異なり車両の所属基地ごとに分類化され、列車番号末尾のアルファベットがAの場合は蒲田電車区の、Bは下十条電車区の、Cは浦和電車区の車両運用を意味していた

  1980. 5.24   北浦和駅
 仙石線は戦時中に旧・宮城電気鉄道を国有化した買収路線で、新性能化に当たっては当初115系案が有力的だったが買収化前の設備が残っている事や仙台への通勤事情をを考慮し103系に決定した  103系は首都圏からの転用車で充当され、それまで仙石線の主力だったモハ72系は未更新車と103系並の車体に更新したアコモ改造車があり1979(昭和54)年の103系投入開始で置き換え対象となったのは前者の方である
 オール非冷房・クモハ先頭4連のスタイルで103系投入後暫くの間は動きが少なかったが、59-2改正で今度は1979年の置換えで取替対象とならなかったアコモ改造車が置換えの対象となり、常磐快速線から16両が転入した  同改正での転入車は戸袋窓は原形のままとされ、同時に仙石線初の冷房改造車が登場している
 仙石線を追われたモハ72系アコモ改造車は60-3改正までに順次撤退していったが、車体を新品に載せかえられてまだ経年が浅かった同車は廃車とはならずに今度は足回りや電装品が更新され103系3000番台に改造されて川越線で活躍する事となり、一旦は地方線区に転用された車両が首都圏に戻ってくるという当時は誰も予想しなかったケースが発生した

  1985. 5.-4   仙台駅(地上駅時代)



 §1.初期車のR窓タイプ

 製品は1966(昭和41)年発売のNゲージ黎明期から存在するような超ロングセラーの製品です。車体のディテールは発売当時とほとんど変わっていないようです。車体の構造は発売当初は接着だったらしいのですが私がNゲージを始めた1979(昭和54)年にはすでに現行品(2017年現在)と同じレベルにまで改良されています。動力は私が初めて103系を購入した1980(昭和55)年の段階ではモータが縦に配列された初期タイプで、モータを納めたダイカストブロックが窓から丸見えです。台車はダイカストから延びるネジ4本で頑丈に取り付けられ走行時もは何となく101系のMT46のような(?)独特な音を出してました。
 1990年代に入り動力車に限り設計変更が行われ動力は現行品 (1982年以降の新タイプ) に、車体も動力車に限り新動力に対応出来るよう改良されていますが、ディテールそのものは全く変わっていません。モハ103とクモハ103は必ず動力車となっており、同形式の非動力車の設定はありません。車種はMc・M・M'・Tc・Tの5形式で地上形5色全色が発売されました。当時 (1979〜1995年頃) の価格は形式にかかわらず動力車が2、800円、非動力車が850円で統一されており、ヘッド/テールライトや室内灯の取付は一切出来ません。 最近ではKOKUDEN (国電) シリーズとして車両セット形式で発売されています。

 模型の方ですが、非冷房の初期車とATCタイプの冷房車を混結させるとディテールの違いの影響が大きく、見ているだけでかなり違和感があります。そこでディテールおよび車体構造を冷房車に合わせる形でグレードアップ改造を行なっています。
 具体的には嵌め込み窓への変更、屋根および座席・床板の交換、車体構造の変更、各種ライトの点灯化工事 (一部のみ) が中心となります。また、私の場合は103系全車共通で1エンド側 (奇数向き側、京浜東北線基準で大宮側) に幌を取り付けるのを標準としていますが、初期車の場合は製品そのままの状態で取り付けると車両限界を超えてしまい、カーブ通過中に隣りの車両と接触して脱線しますので貫通扉のモールドを約0.5mm程度残すように削る必要があります。



 §1-1.浦和電車区配置車

 京浜東北線浦和・下十条・蒲田の3電車区の中で最も配置両数の多いのが浦和区です。他の2区よりもATCクハへの置換えが早期から重点的に行なわれたのが特徴で1977(昭和52)年頃までにクハは全てATCタイプに置換えが完了しましたが、逆に中間車の冷房化は他の2区よりも遅れが目立ち、クハがATCタイプ冷房車でも中間8両が非冷房車だったため冷房用電源が確保できず事実上1編成10両全車が非冷房という編成が1981(昭和56)年のATC化まで残りました。

 模型は中間の2〜4両が非冷房という、ちょうど東北・上越新幹線開業の頃の編成を模型化しており、10両編成3本が在籍しています。





 モハ103-100

 6号車に連結する動力車です。
 非冷房車は屋根の改造が中心になります。AU75のモールドを全て撤去してから別の103系用屋根から切り出した屋根を接合しています(私は切継ぎの際ベンチレータの位置を基準にしています)。
 この工程ですが、少し多めに瞬間接着剤を接合部分に流し、十分に乾燥させてから今度は少し溶剤でやわらかくしたプラパテを瞬着で固めた接合部分に流します。さらに乾燥させてから溶剤で薄めていないプラパテをカッターナイフの刃を利用して接合部分が完全に見えなくなるまで盛ります。乾燥後今度は鉄ヤスリでおおまかに屋根のRに揃うよう削り、最後にサンドペーパーで仕上げて塗装します。

 車体はパンタ側の妻面にパンタグラフからの母線配管の追加程度で、行先表示器は実車同様ありません。
 配管はφ0.3〜0.5の真鍮線を使用しています。注意点は妻窓を避けるための合計6箇所の曲げの位置です。モハ103冷房車を参考に現物あわせで曲げた方が確実に出来ると思います。





 モハ102-155

 モハ103-100とユニットを組むM'車です。床下はモハ102冷房車の床下をそのまま流用しました。





 サハ103-120・121

 非冷房のサハで特別保全工事仕様車です。特に目立った工程はありませんが、室内の配色が当時の201系に準じた暖色系のカラースキームでまとめています。
 床下は外観に大きな差異はないと考えてサハ103冷房車用を流用しています。

 室内灯を組み込んで編成を組んで走らせると非更新車と特保車の室内の違いが浮き出てきて見ているだけで面白いです。





 モハ103-268

 実車は1983(昭和58)年秋より登場したタイプで、側扉をHゴム支持から105系なみの金属押さえ方式に変更しています。

 とにもかくにも1両につき16箇所すべてのドアのHゴムモールドを撤去するのが大変で、一旦始めたら途中でやめることが出来ない作業で改造に当たってはかなりの根気と集中力が必要になります。この車両の改造にかける時間の大半がこの作業で費やされます。仕上がりを想像すると手を抜く事が出来ない、或る意味この車両のイメージを決定する重要な工程です。
 モールドの撤去だけではHゴム部分を強調しているくぼみ?が残りますので(実際削ってみるとわかります)、プラパテを使用して平面状に仕上げます。

 改造方法はカッターナイフよりも先の尖っているデザインナイフを使用してHゴムをおおまかに削り取り、さらにカッター刃の背の部分を利用してなるべく平面状に仕上げた後出来るだけ幅の狭い鉄ヤスリとサンドペーパーで仕上げます。
 欲を張ってモハユニット2両をまとめて改造した事も手伝ってなのか、やっているうちに段々と飽きてくる(?)作業ですが前述の通り一度始めたら途中で止められません(笑)のでクハやサハなど1両単位の加工から始めると良いと思います。





 モハ102-423

 モハ103-268とユニットを組むM'車で、こちらもドアを金属押さえタイプに変更します。ドアの金属押さえ化改造は他の車両と編成を組んだ場合そこそこ目立つアクセントとなって良い感じになりますが、改造面積が小さい割にはあまりにも大変な作業なのでこの2両で中断しています。

 ↑のモハ103-268とともに1995(平成7)年に改造を行なった車両で、改造当初は車両更新車仕様で出場しましたが2013(平成25)年に国鉄仕様に再改造しています。塗屋根は解除されて塗装仕上げとなり、削り取ってしまった妻面のキャンバス押さえはトレジャータウン製の103系用キャンバス押さえ (エッチングパーツ) を使用して復活させています。
 車体はIPAに漬けて塗装全剥離を行ない、前述のエッチングパーツを取り付けて下地処理を行なった上で再塗装しています。




 §1-2.蒲田電車区配置車


 蒲田区の編成は下十条区の場合と同様で検修庫の有効長の関係 (当時) で奇数向きATCクハが中間に入った7+3両の分割編成でしたが、1981年のATC化に伴ないATCクハを先頭に出すため6+4両の編成に組み替えられました。浦和区の編成よりも全車冷房車編成の比率が高くなっており、そのためクモハやサハの冷房改造車が多く存在するのが特徴です。

 模型は1981年6月の横浜線東神奈川電車区の蒲田区への統合に伴い、横浜線用のウグイス色が多数京浜東北線に混入した当時 (1981〜1982年) の編成を模型化しています。





 クモハ103-132

 6号車に連結する動力車で、冷房改造車仕様となっています。
 車体はモハ103冷房車の屋根を流用する関係で屋根にある固定用ツメの一部を移設します。先頭部分の行先幕および運行幕はくり抜いてクハ103の行先幕部分を接着していますが中間に組込む関係でヘッド/テールライトの点灯化は行なっておらず準備工事の状態です。ATS標記は当時の国鉄非ATC通勤型電車の標準仕様だった『B』としています。

 動力ユニットは特に改造を行なっておらずそのまま組み込んでいます。車体はクハ103を流用し側面に行先幕の追加、妻面に母線配管の追加および両側面各2箇所ずつMM冷却用グリル(タヴァサ製)を増設します。
 私が初めて手掛けた103系改造の第1号で、1986(昭和61)年5月にモハ102-281と同時に完成しました。





 モハ102-281

 クモハ103-132とユニットを組むM'車で、屋根と床下・座席はモハ102冷房車のものをそのまま流用しています。
 車体構造はクモハの場合と同じく製品の冷房車のタイプに揃える様に改造します。冷房車共通の改造で行先表示器を追加しますが、私の場合は表示器を追加する部分をピンバイスで穴あけして所定の寸法に仕上げた後、別の車両(同じく103系冷房車)の改造で余っていた車体から表示器部分を丁寧に切り取って接合しています。

 表示器の窓ガラスは特に問題がないので思い切って瞬着で固定していますが接着剤はごく少量で十分です。あまり量を多く流すと白化現象が発生し周辺の車体が白くなるなどの影響が出ます。





 サハ103-112

 改造要領は他車と同じで、座席・床下はサハ103冷房車のものをそのまま流用しています。
 改造は1987(昭和62)年4月で、当時はサハの製作時は車体側面のグリルの撤去は行ないませんでした。





 クハ103-70

 京浜東北線としては割と珍しいウグイス色との混色編成を再現するための車両です。

 1981(昭和56)年、当時横浜線の一部を担当していた東神奈川電車区(南ヒナ)の103系が蒲田電車区に集約されました。同時に横浜線用クハをATC車に統一するため一部の車両は京浜東北線とトレードが行なわれ黄緑色が多数京浜東北線を走りはじめました。
 これ以外にもモハ103-6・128、モハ102-6・235などを確認しましたが、当時運良く撮影できたクハ103-70を模型化しています。ドア上にはちゃんと誤乗防止シールを貼っており適当なラベルを細かく切ってそれらしく表現しています。ATS標記は『B』としています。

 ヘッド/テールライトは準備工事施工済で、ヘッドライト部のモールドは一旦撤去してしまい銀河製のヘッドライトケースリムおよびヘッドライトレンズを使用してまとめています。




 クハ103-598


 クハ103-70の差替用として製作した車両です。
 中間封じ込め先頭車という設定ですが、1970年代後半の京浜東北線の再現も出来るように先頭車として使用することを前提として、運行窓・行先表示窓・ヘッドライト点灯の準備工事を施工しています。その関係でヘッドライト部の遮光板の取付けは省略していますが床下はATCクハ用をそっくり流用しています。




  §2.冷房車・ATC車

 1984年に漸くユニット窓の冷房車および高運転台タイプのクハ103が発売となりました。こちらも地上形5色全色が発売されましたが、常磐線のクハは非ATCタイプで製品化しており実車では存在していないタイプを製品化しています (当時の常磐線103系は全て低運転台車)。クハ103はATC車と非ATC車の2種が発売されました。

 前年の1983年秋に発売された583系・12系客車に準じた車体構造に変更されクハはヘッド/テールライトが標準装備となり、室内灯対応仕様となりました。

 模型は国鉄時代をプロトタイプにしている関係で外観上の変化が少ないです。以下の冷房車は参考展示で、改造はクハ103を対象に行っています。




 モハ103-545

 特に目立った改造はありませんが、直流避雷器のモールドを撤去し別パーツ化しています。
 車体関係では側扉下にある靴ズリ部に銀色を入れる他、他車に合わせてカプラーをTN密連に変更しています。





 モハ102-701

 この車両も靴ズリ部に銀色を入れ、TN密連化を行っています。





 クハ103-332

 ヘッドライト周辺を徹底的に改造しています。
 製品はヘッドライトレンズ・行先幕・運行表示幕の導光用レンズが一体成型となっており、光源は電球を使用しているので当然ですが全てが電球色で点灯します。そこでヘッドライト以外の照明を白LEDに変更し差を出すことにしました。

 改造の詳細は↓で述べます。ヘッドライトレンズは多少の加工で済ませていますが、改造が大規模になるのがヘッドライトユニット部分で、ユニット基板に白LED用の回路および抵抗が追加となる他、進行方向にかかわらず常時点灯させるためブリッジダイオードを追加します。
 改造当時(2011年)はヘッドライトの光源に電球を使用したので回路が煩雑になってしまいましたが、電球の代わりに電球色LEDを使用すれば回路の単純化が可能です。

 車体関係ではやはり靴ズリ部に銀色を入れ、車体側面に白地のシルバーシートマークを貼ります。また、先頭部に付いている元のダミーカプラーを外しAssyパーツとして発売されているクハ103用ダミーカプラー (Z04-1406) を取付けます。これにより先頭部が一段と引き締まります。





 サハ103-445

 こちらも車体の改造はなく、TN密連化のみ行っています。




 §3.仙石線


 車体色が京浜東北線と同じ青22号なので混同しそうですが最大の相違点は先頭車の乗務員室扉脇にある戸袋窓が閉鎖されている事で、真横から見る限りではクハ103ATC車かクハ103-1000のような印象を受けます。また先頭車の前面窓にはデフロスタが追加されており、側扉の半自動化で取っ手が取り付けられています。

 模型は京浜東北線用と同じ手法で改造製作しており戸袋窓閉鎖以外の仙石線特有の工程はありません。動力車はクモハ103に搭載するのが困難なので例外的にモハ102に搭載しています。
 側扉の取っ手の表現も考えてましたが、適当なパーツが無かったのであっさり省略しており仙石線用103系としてはスッキリとした印象です。車両改造は1996(平成8)年、行先幕白LED化は2011(平成23)年です。




 クモハ103-115

 石巻側の先頭車で乗務員室扉隣りの戸袋窓を閉鎖しています。車体の改造は↑のクモハ103-132と同じで非冷房仕様ですが、床下はモハ103とクハ103用の切継ぎを行ないヘッド/テールライト点灯式としています。座席はクハ103用を使用します。
 他編成との混併結を想定していないので先頭部のカプラーはダミーとしておりATS標記は『S』としています。

 ヘッドライトはGMの103系前面パーツセットから切り出したものを利用しシールドビーム2灯仕様としており、ヘッドライトレンズはクハ210用を使用し寸法を少し切り詰めて使用しています。





 モハ102-251

 私の所有するモハ102で唯一動力車です。
 車体は京浜東北線用モハ102と同じですが、動力装置はモハ164用を使用しDT33台車を履きます。





 クハ103-42

 仙台側の先頭車でやはり戸袋窓を閉鎖します。先頭部のカプラーがダミーなのはクモハと同様です。
 ヘッド/テールライト点灯とするためクハ103ATC車のものをそっくり流用し、行先/運行幕は白LED化を行なっています。ヘッドライトは1灯です。





 サハ103-68

 こちらは京浜東北線用サハ103と同じです。こちらも車体側面のグリルは撤去していません・・・




常磐快速線のページで書ききれなかったことを少々述べてみようと思います。


 
1.車体の改造


 車体の改造方法は常磐快速線のページで紹介した内容と同じです。
 窓ガラスをはめ込み式にするため、車体構造を冷房車と同じになるように改造しています。工程的には冷房車の車体から天井部分を切り抜き、側面・妻面の4面を非冷房R窓の車体に張り替える形になります。


 ←画像は塗装後の様子です。

  非冷房車の車体をATCタイプ(冷房車)に揃えることにより車体構造が同一となり修理用部品の共通化が図れるという利点もあります。
 初期車の一部は特別保全工事仕様としているので室内の配色が異なるほか、貫通扉も異なる配色とし変化を与えています。

 編成をばらして留置線に置いてみると往年の浦和電車区の留置車を見ているようで視覚的には効果がありますが、編成を組むと貫通扉がほとんど見えなくなるという欠点があります・・・
 仙石線の103系は乗務員扉隣りの戸袋窓を埋める以外は京浜東北線用と同じで、運行幕は実車通り白幕(無表示)、行先幕は『石巻←→仙台』としています。

 仙石線の仕様であるデフロスタはとりあえず省略しています。


 こちらもヘッド/テールライトの点灯化および行先幕/運行表示幕の白LED化を行なっています。




 
2.ヘッドライト周辺の改造


 
その1.準備工事段階に留める

 初期車の一部の車両はヘッド/テールライト点灯準備を施しています。
 シールドビームタイプの点灯化は既に常磐線のページで紹介しておりますが、ここでは原型の1灯タイプです。

 具体的な構造は画像の通りですがヘッドライト本体は銀河のN-013を使用し、運行幕・行先幕はクハ103ATC車のものを画像のように切断してゴム系接着剤で位置決めのための仮止めをしたあと、思い切って瞬間接着剤で固定します。固着の際、曲がらないように注意が必要です。

 また、ヘッドライトを点灯式にする場合はライトケースリム内を光学繊維で導光させる必要があります。
その他床下・ヘッドライトユニット関係部品の改造は常磐快速線のページで紹介したクモハ103-135の場合と同一です。
 クハの場合、床下・座席等はATCクハのパーツをそのまま流用可能な構造となっています。



 
その2.徹底的に改造する

 製品は電球で照明しているのでヘッドライトのみならず先頭車の行先幕・運行表示幕まで電球色に光ります。
 そこで、電球はヘッドライトだけにして、行先幕と運行幕は白LEDで照明する方式に変更します。完成後の出来を想像するだけでワクワクするような改造です。
 改造は京浜東北線のみならず編成の先頭に出すクモハ103およびクハ103 (低運・ATC車共) 全車を対象に行っています。

 最初にライト用遮光板を加工します。

 ヘッドライト用レンズを行先幕・ヘッドライト部・運行表示幕別に切り離すため、邪魔になる部分を全て撤去します。

 改造後はテールライト用レンズの紛失を防ぐため少量の透明ゴム系接着剤で固定しています。
 次に車体を改造します。

 電球と白LED同士の光漏れを防ぐ理由でパーツごとに切り離したライトレンズを隔離する形で仕切りを追加します。高さは高すぎると他の部分と干渉し、低すぎると今度は光漏れが激しくなるので調整が難しい部分です。

 仕切りは車体を完全に分解した上で車体側に瞬着で固定し、乾燥後にライトレンズを少量の透明ゴム系接着剤で取り付けています。

 屋根には放熱用としてアルミ箔を取り付けます。
 
 次にライト本体を改造します。

 車体側の遮光板ですが、遮光板の上半分を切り取ってLEDが納まるスペースを生み出します。下半分はとくに改造は行なっていません。

 画像は試作時のもので、現在では一部の電子部品が小型化されています。

 また、緑色の基板の下に見えるスイッチングダイオードは元から製品の基板に付いているものです。
 画像にすると非常に判り難いものになってしまいますが前進時は電球色はヘッドライト部分だけになっています。

 スペース的に遮光が不十分になりやすいのが難点ですが、肉眼で見る限りはかなり実感的に見えると思います。



 
3.嵌めこみ式窓ガラスに変更する



 同じKATO製なので初期製品の非冷房車とATC車ではサッシ窓の大きさが全く同じに見えると思う方が多分いらっしゃると思いますが、実はATCタイプの窓ガラスは初期車の車体に対し、わずかですが寸法が大きくなっております。まずは最初に初期車のサッシ中央にあるピラー以外のサッシモールドを全て削り取ります。サッシモールドを削り取る際のコツとしては、カッターで削り取る際に垂直に刃を立てるのではなくて、ガラスが内側から入りやすくなるように少しばかりカッターの刃を斜めにして車体内側の間口を広げるかのようにして削ります。

 手順としては最初に垂直に刃を入れて平面になるよう削り取ったあと(この時点では段差が出来ても構いません)、仕上げの段階で刃を斜めに入れて正確に切り出すというように2段階に分けて行うのが最も確実です。角度はほんの少しでいいです。あまり角度をつけすぎると今度は窓ガラスをはめた時に車体との間に隙間ができてしまいます。

 四隅のRの処理は適当な丸型の鉄やすりで軽く仕上げます。やりすぎると修正が利かなくなりますので注意が必要です。
 また、戸袋窓がつかえてうまく入らない場合があると思いますが(大抵の場合そのままではすんなりと入りません)、コレも同じような要領で平形の鉄やすりを使いだましだまし戸袋窓内側の車体のガラス挿入部分を気持ち程度広げてやると入りやすくなると思います。ガラスをやすりで削って車体に組み込むやり方はガラスの周囲にキズがついたり、バリが処理しきれず見苦しくなるということもありあまりお勧めできません。

要は各部分の加工は我慢しながら控えめの表現にする方がキレイに仕上がります。

 部品の破損に注意して組み立てると今までとは違ったハイグレード初期形103系の完成です・・・






 今回の103系の改造は種車(KATO製の冷房車)と同社製初期形の車体があれば比較的簡単にできる改造です。近郊形電車や特急形電車などは車体断面が湾曲しているので改造にはそれなりの経験が必要ですが、国鉄型通勤電車の場合は単純な箱形が多いのでこれから改造を始めようという方にはまずは通勤形電車の改造から着手するのがよろしいかと思います。


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