第16章:1985(昭和60)年第4部

60-3改正から半年後の1985年9月30日、埼京線大宮−赤羽間が開業し同時に川越線が電化され直通運転が始まりました。
車両は山手線205系投入によって捻出された103系が転用され、車体色はウグイス色のままで使用され(赤羽線からの転入車はウグイス色に色替)210両が登場しています。
大宮駅は用地不足の関係で埼京線は地下ホームとされ、川越線の発着も埼京線ホームに移動しました。それに伴い大宮11・12番線は使用停止となり1986年7月に行われた大宮駅イベントの車両展示スペースで使用されただけでした。ですが、民営化後最初の改正(63-3)で11番線に再び列車が到着するようになります。

また東大宮操では埼玉県民の日一般公開が行われましたが、東大宮操の一般公開は非常に珍しいものでこれを最後に実施されていないような気がします。



川越線電化で103系3000番台が登場しました。

埼京線とは異なりこちらは元仙石線で使用していた72系970番台(アコモ改造車)が種車で走行機器類・台車を総取替えして改造した車両で、旧国の新性能化改造は今までに類を見ない大変珍しいものでした。3連5本が登場しています。

ドアには仙石線時代の取っ手が残されていますが半自動扱いはしませんでした。
八高線にはセメント貨物が設定されており、DD51が重連で運用に就いていました。
高麗川から専用線を通り秩父セメント(現・太平洋セメント)工場に入ります。

DD51は高崎第一機関区(現・高崎運転所)の所属です。
今まで八高線・川越線共通で使用されてきた高崎第一機関区のキハ35系ですが、川越線電化により八高線限定の運用となりました。
余剰車は相模線や久留里線に転属した車両もありますが、残りはほとんどが廃車となり、キハ36については全車が廃車となりました。
埼京線の103系は山手線(品川電車区)・赤羽線(池袋電車区)からの転入車で賄われています。

10連21本が用意され、中間車はR窓の初期車が大半でした。
快速も1時間に2本が設定されています。開業当時は池袋までの運転で、翌年3月に新宿乗り入れが実現しています。
当時の埼京線はまだ沿線開発がそれほど進んでおらず、現在のような大動脈に発展するとは予想もしませんでした。
こちらは各駅停車です。
大宮−池袋間の列車が大半ですが、通勤時間帯だけは川越発・指扇発の列車が多数設定されていました。
開業当時は埼京線の車両も一部で山手線の運用がありました。
103系3000番台も1時間に1本ですが大宮まで乗り入れてきます。
大宮−高麗川間直通で、全区間3連でした。

実現はしませんでしたが当時は埼京線の高崎線乗り入れが計画されており、川越線電化と同時に大宮−日進間が複線化されました。
高崎線のEF60が引退するとのことで、籠原付近にも行ってみました。
画像はEF60後期形です。まだ車扱貨物が残っていた頃で、後にホキがあることから熊谷貨物ターミナルに入線するのではないかと思います。
こちらはEF60 500番台です。

高崎第二機関区には多数のEF60が配置されていましたが、60-3改正〜61-11改正で東海道線で走っていたEF65 500番台に置換えられ、間もなくEF60は姿を消しました。
新前橋区の165系は60-3改正で急行運用の任を解かれ、高崎地区各線や日光線で各停運用に転用される事になりました。
全て3連となり、余剰となったサロ165(14両)は全車が神保原駅側線に疎開留置されています。

画像のように団臨運用に充当されることも多くなりました。
高崎第二機関区には従来からEF60が多数配置されていましたが、60-3改正で置換えの為EF65-500が転入するようになり徐々にEF60を置き換えていきました。
EF60は一部が他区に転出した他は大部分が廃車になりました。61-11改正で残りのEF60もほとんどEF65に置き換えられ、民営化までに残ったロクマルは19号機だけでした。
ここからは東大宮操での埼玉県民の日記念一般公開の様子です。
東大宮操一般公開は埼玉県内の駅以外ではあまり告知されていなかったようで、入場者は少なめでした。
画像の3両が展示されています。
当時最大の話題だったEF8181で当然のように展示されました。

EF81の後に見える20系は60-3改正で余剰となった20系で、JR化までに全てが廃車となりました。
これも当時話題となっていたEF58 89です。
60-3改正で首都圏のEF58はほとんどが廃車となり、この時点で残っていたのは61・89・122・141の4両だけでした。
DD13も展示されています。
これも比較的最後まで残った1両で、61-11改正までに当時大量に余剰となっていたDE10に置き換えられ、JR化されるまでに全てが廃車となりました。

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